弁護士の事件簿・コラム
福島原発被害者支援かながわ弁護団の活動
弁護士 栗山 博史
1 弁護団の発足
福島の原発事故を受け、福島県内において政府や自治体から避難指示を受けた地域(警戒区域、緊急時避難準備区域等)に居住されていた方々をはじめとして、多くの方々が県内外に避難されています(※1)。
神奈川県内に法律事務所をもつ全弁護士が所属する横浜弁護士会では、震災直後から、「東日本大震災災害対策チーム」を立ち上げ、県内避難所に避難されてきた方々に対する法律相談・損害賠償に関する説明会、福島県内の仮設住宅に居住されている方々に対する派遣法律相談等を実施してきました。
⇒ 横浜弁護士会・東日本大震災・原発事故 災害復興支援ページ
http://www.elint.co.jp/yokoben/info/event/20110824_14734.html
そして、昨年秋、主として県内に避難されてこられた被害者の方々が実際に東京電力に対して損害賠償請求を行ってゆく手続を支援するため、横浜弁護士会所属の弁護士で構成する福島原発被害者支援かながわ弁護団が発足しました。
⇒ http://kanagawagenpatsu.bengodan.jp
2 現在の弁護団の主たる活動内容
弁護団員は本年1月30日現在、88名に拡充され、配点案件は75件に及んでいます。
損害賠償請求を行う方法としては、①東京電力の補償請求書を用いての直接請求、②原子力損害賠償紛争解決センター(※2)に対する申立、③東京電力に対する民事訴訟などがあります。弁護団としては、①東京電力の補償請求書を用いての直接請求では、東京電力は自らの基準にしたがった機械的な対応をするだけで十分な賠償が実現できないと考えています。かといって、③の民事訴訟も解決までに時間がかかります。そこで、基本的に、②原子力損害賠償紛争解決センターに対する申立を通じて解決を図る方針を打ち出し、各弁護団員が被害者のそれぞれの方々と面談し、詳しくお話しをうかがって、申立準備を進めるとともに、弁護団員が継続的に会議を重ね、実践面・理論面における議論を重ねてきました。
その中で、昨年12月19日、群馬の弁護団と共同で、原子力損害賠償紛争解決センターに対する第一次集団申立を行いました。このとき、かながわ弁護団で申立を行ったのは5件(単身者4名+1世帯)で、福島では、浪江町、富岡町、大熊町に住んでいらっしゃった方々です。第二次集団申立は本年2月中旬を予定しています。申立件数は第一次よりも増加する見込みです。
3 原子力損害賠償紛争解決センターの和解案の重み
東京電力は、単体で莫大な損害賠償を行う資金力がなく、原子力損害賠償支援機構という公的機関から資金援助を受けています。ただ、支援機構も、東京電力に対して闇雲に公的資金を支出することはできません。東京電力が支援機構と共同で政府に対して申請した特別事業計画が認定されることが前提です。
昨年11月4日、東京電力が資金援助を受ける条件としての特別事業計画が認定されました。そこには、東京電力が遵守することを約束した「5つの約束」が定められています。この遵守事項は、東京電力のホームページ上にも公開されています。5つの約束とは、次の内容です。
①迅速な賠償のお支払い
②きめ細やかな賠償のお支払い
③和解仲介案の尊重
④親切な書類手続き
⑤誠実なご要望への対応
上記①~⑤のうち、③をご覧下さい。これは、原子力損害賠償紛争解決センターから提示された和解仲介案の尊重義務です。「センターの仲介委員から和解案が示された場合には、それを尊重します!」こういうことを、東京電力は公的資金を受ける前提として約束したのです。
そこで、私たち弁護団員としては、損害賠償を求める東京電力に対して力強く働きかけることはもちろんのこと、公正中立な第三者であるセンターの仲介委員に、いかにして適正な和解仲介案を提示してもらえるようにするか、この点も重要なポイントであると考え、活動を続けています。
4 原子力損害賠償紛争解決センターへの申立を通じて獲得したいこと
(1)東京電力の基準は低すぎる
原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)という、今回の原発事故についての適切かつ迅速な解決を目指しての基準を定める文部科学省所管の公的機関があります。先程来何度も登場している「原子力損害賠償紛争解決センター」は、この原賠審のもとに設置された機関です。原賠審は、継続的に会議を開催し、東京電力が行うべき損害賠償について、一定の基準作りをしてきました。そして、昨年8月に『東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針』を発表しました。誰に対して、どの範囲の損害を認め、金額算定をどのように行うかの基準を示しています。
この「中間指針」が発表されたことを受けて、東京電力は、避難指示等が出された地域に居住していた方々に対して補償請求書類を送りました。今も継続的に送っています。この補償請求書類には、東京電力が定めた基準が書かれているのですが、そこに書かれた基準は、原賠審の「中間指針」をあまりに杓子定規的に適用しているものです。「中間指針」という名のとおり、それはあくまで暫定的なものです。原陪審は、被害者と東京電力の円滑な合意形成に役立つように一定の基準を示したに過ぎません。この基準を出発点にして東京電力が適正な賠償を実現するよう求めています。にもかかわらず、東京電力は、このような原賠審のメッセージを無視し、機械的に対応しているのです。
(2)例えば慰謝料額
慰謝料の基準は、これほど過酷な被害の実態を加害者である東京電力がどのように見ているかを示す象徴ともいえるものです。
東京電力の慰謝料の基準は、最初の6ヶ月(3月11日から8月末日)は10万円、その後の6ヶ月(9月1日から2月末日)は5万円(その後10万円のまま減額なしとされました。)、それ以降は改めて検討する、というもので、原則として、その中に生活費の増額分も含めるというものでした。
原発事故により、家族・職場・学校・地域から引き離され、不安定な避難生活を送ることを余儀なくされている人々に対して、この金額は余りにも低廉であるというというのが弁護団の共通認識です。弁護団としては、避難生活を送ることそのものが相当程度の苦痛を伴うことを前提に、避難生活それ自体の損害として月額35万円の賠償を求めています。
(3)速やかな賠償実現のための内払い
被害者の方々は、福島の住居地に帰ることができるのか、帰ることができるとしてもそれがいつなのか、全く見通しも立てられないまま、避難生活を続けています。時間の経過に伴って支出は増大し、損害が拡大してゆく一方で、賠償金が全く得られないのでは、生活が行き詰まってしまいます。福島にある自宅、二重ローン、なかなか決まらない(決められない)仕事……。損害は不確定ですが、確定するまで待っている余裕はありません。
そこで、弁護団の集団申立においては、賠償金の支払を少しでも早期に実現するため、とりあえず、福島の不動産の損害は留保して一部請求するという方向で進めています。また、請求を求めている項目についても、さらにその内容を限定しての一部請求を行っています(たとえば、前述の慰謝料でいえば、これで慰謝料全てですよ、というのではなく、とりあえず避難生活を日々続けているのだから、「避難生活それ自体に伴う慰謝料として請求します」というふうに)。損害の金額はこれで全てではないけれども、とりあえずこれだけの損害は確実にあるのだから速やかに支払ってくれ、というスタンスです。損害額の一部について支払を受けるということで「内払い」といいます。
一般的に、和解というと、清算条項というものが付されることが多いというのは否定できません。たとえば、「申立人と相手方は、この和解条項に定めるほか、当事者間に債権債務のないことを相互に確認する。」ということが定められます。お互いの紛争は今回の和解手続によって一切解決し、今後請求はしないということを確認し合う条項を清算条項といいます。多くの和解では、こういう清算条項付き和解がなされて初めて損害賠償金が支払われるのです。
しかし、今回の原発事故の損害賠償請求を一般的な金銭請求と同様に考えてはいけないと思います。被害者の方々は今なお被害を受け続け(避難生活が継続しています)、生活するためにも賠償金を取得しなければならない状況にあります。一方的な加害者である東京電力が、迅速な賠償が必要な被害者に対して、清算条項を要求し、それに応じなければ賠償金は支払わない、このような態度を貫くというのは許されるものではないと考えています。
弁護団としては、東京電力に対して、何としても内払いを認めさせ、迅速な解決と支払が実現されるようにしてゆきたいと考えています(※3)。
※1
神奈川県内に避難されている被災者は、神奈川県が確実に把握しているだけでも、本年1月4日現在、1045世帯です。人数にすると3000人に近いそうです。これは、公営住宅や県が借り上げをした民間賃貸住宅に居住されている方々の数であり、親戚宅に居住していたり、個人的に民間の住宅を賃借している方々は把握できていません。したがって、実際の世帯数、人数としてはもっと多いことは間違いありません。
※2
原子力損害賠償紛争解決センターは、裁判外紛争解決機関の1つです。裁判外紛争解決機関のことをADR(Alternative Dispute Resolution)と呼称します。裁判は一般的に時間がかかります。原子力損害賠償紛争解決センターは、裁判によらずに適正かつ迅速に被害者に対して損害賠償を保障するために政府によって成立されたものです(文部科学省所管)。原発事故被害者が、東京電力を相手にして損害賠償の申立を行った個別の案件について、第三者の専門家(主として弁護士)が仲介して和解に導く手続です。
※3
東京の弁護団が昨年9月1日に原子力損害賠償紛争解決センターに申立をした第1号事件につき、センターの仲介委員が示した和解案に対して、本年1月26日、東京電力が回答をしたことが報道されました。東京電力の回答は、概ね次のとおりのようです。
①不動産を含む財物損失については受諾する。但し、財産価値の減少等に関しては、各費目につき和解案に記載された損害額を超える債務がない旨の確認(清算条項)を求める。
②慰謝料額につき、中間指針の基準を超える増額分については拒絶する。
③仮払い補償金160万円を本件の和解時に清算しないことを拒絶する。
④上記の②と③を受け入れることのできない理由は、「中間指針」の趣旨及び東京電力が既に実施している損害賠償の実務への影響があるからである。
⑤それ以外については、和解案通り受諾する。
東京電力の回答は、①財産価値の減少については、仲介委員が損害の一部の内払いとして和解金額を提示したにもかかわらず、これで損害は全部であるとして清算条項を求めてきたこと、②慰謝料についても、中間指針の基準を超える部分を拒否したこと、③東京電力が避難区域等に居住している方々に支払った仮払い補償金については、損害が最終的に確定したときに清算すべきであると思われますが、現時点での清算を求めてきたこと、など極めて問題の多いものです。
この案件を担当する東京の原発被災者弁護団は速やかに抗議の声明を発表しました。
⇒ http://ghb-law.net/?p=199
また、全国の弁護士全員が加入する日本弁護士連合会、そして横浜弁護士会は、会長談話を発表しています。
(日本弁護士連合会)
⇒ http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2012/120127.html
(横浜弁護士会)
⇒ http://www.elint.co.jp:80/yokoben/info/statement/f_20120201_15325.html
- « 前の記事 クオークローンからプロミスへの契約切替事例
- » 次の記事 冤罪への賠償を求めて