弁護士の事件簿・コラム

債務整理について

弁護士 野呂 芳子

1 はじめに
 長い人生、色々あります。「一生懸命働いてきたのにけがや病気等で働けなくなってしまった……」「子供の教育費が思っていたよりずっとかかった……」等、様々な事情で、気がつくと、思いもよらぬほどの債務を抱えてしまった、ということは、誰にでも起こりうることです。
 そこで今日は、個人の方で債務が嵩んでしまった場合の、債務整理の方法を案内したいと思います。

2 最初のご相談からの流れ
(1)相談の際のお願い
 債務のご相談にお見えになる方には、どこにどれくらいの債務があるかという一覧表(債権者リスト)をお持ちいただきます。
 ここで大切なのは、「全ての債権者を正直に書いていただく。」ことです。
 債務を負われる方には真面目な方も多く、「本当の金額を書くのは恥ずかしい。」とお考えになられたり、中には、ごく一部の悪質業者から「ウチには弁護士は通用しない。」とか「ウチのことは弁護士にいうな。」と言われて真に受けたりされ、全てを書かない方もおられるのです。
 しかし、全体を把握しないと、後の、債務整理の方法の選択を誤ることに繋がりかねませんし、特に自己破産手続では、債権者を隠すことは大きな問題になりますので、必ず「全て書いてください。」とお願いしています。

(2)弁護士からの受任通知
 そのように債権者リストを出していただき、正式に委任をいただきますと、まずは弁護士から各債権者に「私が受任しました。」という「受任通知」を発送します。
 この受任通知の発送と同時に、支払もストップしていただきますが、支払わなくても、金融機関からの取り立てはなくなります。法律でそのように定められているからです。
 これにより、それまで自転車操業で返済に負われていた方、督促に怯えていた方も、一旦息をついていただくことができます。
 この期間は、次の段階として、「債務整理のなかでどの方法をとるか」を冷静に選択するための、いわば準備期間といえるでしょう。

(3)債権調査
 弁護士からの受任通知は、受任の連絡のみでなく、「債権調査」といって、債権者各社に対し、初回からの取引履歴の提出をお願いする調査も兼ねています。
 各債権者から提出された取引履歴を弁護士が見て、利率が、「利息制限法」という法律より高く設定されている場合は、全て、「利息制限法」に基づく利率で計算をし直します。
 その結果、これまでご本人が思っていた金額より、はるかに残金は少なかった、ということがままあります。それどころか、「実は返済しすぎていて債権者からお金を返してもらう権利があった。」という場合が、いわゆる「過払請求権」です。
 このような「債権調査」により、「自分の借金が本当はいくらなのか。」初めて正確に把握でき、それに基づいて、次に「どんな方法で整理するか。」と選択していくことになるのです。

3 債務整理の方法
 弁護士が関与して個人の方の債務を整理する方法は、大きく分けると ①自己破産 ②任意整理 ③個人再生の3種類があります。(このほかに、特定調停という方法もありますが、今回は省略します。)
 それぞれ簡単にご説明します。

4 自己破産
 これは、全ての債務を法的にゼロにすることを目指す手続きです。

(1)自己破産の種類
 自己破産にも、①管財事件 ②同時廃止事件の2種類があります。

①管財事件
 これは、裁判所が、弁護士の中から「破産管財人」を選んで、その「破産管財人」に一定の業務をさせる方法です。
どのような場合に、「管財事件」になるかと言いますと

・自宅などの不動産や、20万円を超える預金など一定の資産がある方の場合
 →この場合は、「破産管財人」に、全ての資産を差し出し、債権者に配当(注、一部弁済)してもらうことになります。
・資産がない方でも、裁判所が、「この方の借金の経緯は破産管財人にきちんと調査してもらう必要がある。」と考えた場合
 →破産管財人が、破産の経緯を改めて調査します。
・申立時からみて過去2年以内に会社の代表取締役であったり、自営業者であった場合
 →破産管財人が、資産や借入の原因などを改めて調査します。

②同時廃止事件
 上記のどれにも当てはまらない場合、すなわち、債権者に配当するような資産がなく、破産の経緯にも特に問題が見当たらず、過去2年以内に代表取締役でも自営業者でもない、という方の場合は、「同時廃止」という扱いになり、管財人が選ばれて改めて調査を受けたり、資産を差し出したりすることはなく、破産手続を終了します。

(2)破産手続きの進行
 自己破産申立をしたあと、審査を経て、問題がなければ、最初に、「破産手続開始決定」という決定を裁判所からもらいます。
 横浜地裁本庁の場合、弁護士に依頼している方であれば、この「破産手続開始決定」をもらうための裁判官との面接は、弁護士のみが行いますので、ご本人が裁判所に来たり、裁判官と面接をしたりしなくて済むというメリットがあります。
 ただ、無事「破産手続開始決定」をいただいても、これは単に、「もう支払をすることができない。」という認定であり、この段階ではまだ法的には債務は残っており、「免責決定」という決定をもらって、初めて法的に債務がなくなるのです。
 この免責決定にはいくつかルールがあり、たとえば、ギャンブル等の浪費で債務を負った場合など、いくつか、原則として、免責が認められない要件が法律上定められています。
 これは、破産制度というのが、「一生懸命やってきたけれど債務を負ってしまった。」という方に、人生の再スタートをしてもらうための制度である一方、債権者には不利益を被らせる制度であるため、どんな人であっても「免責」を認めるということは不適当だと考えられているからです。

5 任意整理について
 これは、自己破産とは異なり、裁判所は利用せず、弁護士と債権者で話し合って、新たな返済方法・条件を決めて和解契約を締結し、返済していく方法です。
 原則として全額返済を前提とする点も、自己破産と大きく異なる点です。
ただ、ここでいう「全額」は、債権者が言っている金額やご本人が思っていた金額ではなく、上記のように、「債権調査」により計算し直した金額ですので、当初の想定よりもかなり元金が減っていたというケースも多いのです。
 そのように元金が減る可能性があること、かつ、弁護士が交渉する場合は、残元金を最長5年の分割払い、かつその間将来利息なしで弁済するという条件で和解契約ができるよう債権者と交渉することから、依頼する以前より、遙かに楽な返済条件になることが期待できます。
 ただ、そうはいってもやはり「返済する」制度ですし、債権者も概ね5年を超える和解には応じない場合が多いので、この方法を選択する場合は、「自分の債務額が5年で返済できるのか。」、収入や債務額を踏まえ、弁護士とよく相談のうえで決めませんと、頓挫しかねません。

6 個人再生
 これは、大雑把にいうと、自己破産と任意整理の中間的な制度と申しましょうか。
 「任意整理で全額返済するのは無理、かといって自宅を処分することはどうしてもできない……。」という方に適当な制度で、自宅を所有したままでいられる、というのが最大のメリットといえます。
 これも、自己破産同様、裁判所を利用する制度ですが、裁判所に「再生計画案」を出し、それが認められますと、住宅ローン以外の債務については、債務金額に応じて、総債務額の1/5から1/10に債務を圧縮することができ(但し、最低弁済額は100万円、債務総額が100万円以下の場合は全額弁済)、その圧縮した金額を最長5年で支払うことができるようになります。
 個人再生には、①給与所得者再生と ②小規模個人再生の2種類あり、①の給与所得者再生は、色々と条件が厳しい代わりに、債権者の同意がいらないというメリットがあり、②小規模個人再生のほうは、債権者の同意はいらないけれど、条件は緩いというメリットがあります。

7 どの方法を選択するか?
(1)自己破産、任意整理、個人再生この中でどの方法を選択するかは、債務整理について十分に知識経験のあり、かつ良心的な弁護士とよく相談して決めていただくしかありません。
 私のところにご相談にお見えになる方には、以前に他の弁護士や司法書士に債務整理の依頼をしたけれどうまくいかず、改めて相談に来た……という方も一定数いらっしゃいます。以前の整理方法を見てみますと、中には明らかに無理な返済計画を組まされていたというケースもあります。
 酷いケースですと、債務全体の解決をしようとせず、受任する側にとって報酬を請求しやすい「過払い事件」のみ受任して、後の債務は受任して整理することをせずほったらかし、というケースさえあります。
 このような場合、非常にご本人がお気の毒です。

(2)弁護士によってやり方はそれぞれと思いますが、私の場合は、「現実性」と「ご本人の納得」の双方に配慮しつつ進めていきたいと考えています。
 「現実性」というのは、「その方法が、年齢、収入、家族構成等を踏まえて現実的に可能かどうか。」をよく考えていただくことです。
 先ほども書きましたように、債務を抱える方には真面目な方も多く、それ故に、返したい一心で次から次へと返済資金を借りてしまわれ、そのために膨れあがったということもよくあるのです。
 弁護士を依頼して方針選択の段階でも、「返したい。」気持ちが先走り、現実的に不可能な方法を選択されますと、それまでの二の舞になりかねません。
 かといって、ご本人のお気持ちを無視して、こちらが考える適切な方法を押しつけることはできませんし、したくありません。
 そこで、私は、たとえばご本人が任意整理を希望され、私としては、できるかどうか危惧している……というようなケースでは、「お試し」として、実際に任意整理をした場合に毎月支払うことになる金額を、毎月、私の預かり金口座に「返済用積立金」として振り込んでいただくことを行っています。
 そのように、何ヶ月間か試していただいて、生活実感としてその金額を3-5年間出し続けられるかどうか改めてご検討いただき、「大丈夫ですよ!」というお答えをいただいたら初めて、債権者とその条件での和解契約締結に向けて話し合いを進めるようにしています。

8 最後に
 はや年末になり、クリスマスやお正月に心浮き立つ季節である一方、家計や仕事上の資金のやりくりに頭を痛める季節でもあるかもしれません。
 債務の相談というのはしづらい、ということはよくわかりますが、お1人で思い詰めることなく、まずは思い切ってご相談いただければと考えています。相談する前より、きっとよい道が開けていくはずです。

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