弁護士の事件簿・コラム
相続法改正~「配偶者への生存贈与」について
弁護士 野呂 芳子
1 はじめに
昨年来、相続法改正に関する話題を取り上げています。
今回の相続法改正のポイントの1つは、「配偶者に有利に。」ということです。法律上は、「配偶者」は夫も妻も含むのですが、今回の改正の経緯や背景を考えると、実際には、「妻に有利に」を念頭に置いた改正と言ってよいと思います。
私がこれまで取り上げた「配偶者居住権」は、「夫の死後も、妻が自宅に住み続けられるようにしよう。」という配慮が背景ですし、「特別寄与料」は、「夫の両親を介護した妻にも遺産を渡すべき」という配慮があっての改正です。
そうした「配偶者(妻)に有利に」の1つの表れとして、今回は、配偶者への生前贈与に関する改正をご説明したいと思います。
2 これまでの制度
婚姻期間が20年以上の夫婦間で、居住用不動産(居住用建物またはその敷地)の贈与が行われた場合、現行制度では、実際に遺産分割が行われる時、先に贈与を受けていた居住用不動産の価値は、遺産総額に含めた上で、「配偶者はその分の遺産を既にもらっていた。」として、本来もらえる相続分から引くため、結果としては、贈与があっても無くても、配偶者の相続分は変わらないということになります。
(例)被相続人(亡くなられた方) 夫 | |
---|---|
相続人 | 妻と子ども2人 |
遺 産 | 預貯金 5000万円 その他 妻は夫から、5000万円の価値ある自宅の生前贈与を受けていた |
このケースでは、夫の遺産総額は、預貯金5000万円に、生前贈与した自宅5000万円を加えて、1億円となります。
妻の法定相続分は、遺産の1/2で、5000万円となりますが、既に5000万円の自宅をもらっているため、夫が亡くなったあとの遺産分割では、更に相続できる法定相続分はない、ということになります。
3 改正後の制度
しかし、このように、生前贈与してもしなくても変わらない、というのでは、夫が、自分が亡き後の妻の生活を心配して贈与したとしても、あまり意味が無いということになりかねません。
そこで、今回の改正では、先に生前贈与を受けていた居住用不動産については、「遺産の先渡し」とは取り扱わず、遺産分割の対象となる遺産から除外できることになりました。
そうしますと、先程の事例ではどうなるか見てみましょう。
(例)被相続人(亡くなられた方)夫 | |
---|---|
相続人 | 妻と子ども2人 |
遺 産 | 預貯金 5000万円 その他 妻は夫から、5000万円の価値ある自宅の生前贈与を受けていた |
自宅は遺産分割から除外しますので,遺産分割の対象となる遺産は預貯金5000万円のみ。これを、妻1/2、子ども計1/2(子ども1人につき1/4ずつ)で法定相続すると、妻は、自宅はそのままで、預貯金2500万円も相続できることになるのです。
4 改正の注意点
このように、配偶者には手厚い改正となりましたので、「そういうことであれば、居住用不動産(自宅)は全て妻に生前贈与しよう!」と決めたくなるかもしれませんが、決める前に、税法上の取り扱いには注意が必要です。
税法上、配偶者の居住用資産の生前贈与に課される贈与税については、従前から、特例規定による優遇措置がありました。
これは一般に「おしどり贈与」と言われる制度で、20年以上の婚姻期間の夫婦の間で、居住用不動産または居住用不動産を取得するための金銭の贈与が行われた場合、基礎控除110万円のほかに最高2000万円までの配偶者控除ができるという制度です。
言い換えれば、2110万円以上の価値の居住用不動産の贈与が行われた場合、民法上は問題ありませんし、今回の改正により、その贈与分全てを遺産分割から外せるというメリットが生まれましたが、税法上は、2110万円を超える部分については、贈与税がかかってきてしまうのです。
先程あげた5000万円の自宅の贈与が行われた場合、
5000万円-2110万円=2890万円は、贈与税の課税対象になってしまうということです。
このように、民法上は素晴らしい制度に見えても、税制のことを考えずに利用してしまうと、思わぬ多額の課税に泣く、という結果になりかねません。
そうしますと、配偶者への生前贈与の制度は、自宅の価値が2110万円以下の方や、その範囲での持分贈与を行われる方は安心して活用できると思われますが、これに該当しない方は、贈与税等について調査の上で、実行されるかどうか決定されることをお勧めします。
なお、本制度は令和元年(2019年7月1日)に施行されています。
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