弁護士の事件簿・コラム

相続放棄の効力

弁護士 野呂 芳子

 本日のコラムでは、相続放棄に関し、意外と知られていないと思われる知識をご紹介したいと思います。

1 相続放棄とは?
 誰かが亡くなられた時、法律で決められた相続人(「法定相続人」といいます。)は、亡くなられた方(「被相続人」といいます。)の遺産を相続するかしないか選択することが可能で、プラスの遺産よりも、借金などの負債が多い場合は、「相続しない。」という選択をすることもできます。
 これが「相続放棄」の制度で、法律上は、「自己のために相続開始があったことを知ったとき」から3か月以内に家庭裁判所に申立をしなければいけないことになっています。この、「自己のために相続開始があったことを知ったとき」は、通常は、①被相続人が亡くなったことと②自分が法定相続人であることの2つを知ったときと考えられていますが、近時の裁判例では、「被相続人に債務のあることを知ったとき」という解釈も加わり、その時点から3か月以内であれば、相続放棄が認められる例も多くなっています。

2 相続放棄が受理されれば大丈夫?
 本日のコラムでお伝えしたいのは、家庭裁判所に相続放棄の申立をし、受理されたとしても、相続放棄が有効であると確定したわけではない、ということです。
 この点、最高裁昭和29年12月24日第三小法廷判決は、「相続放棄の申述が家庭裁判所に受理された場合においても、相続の放棄に法律上無効原因が存するときは、後日訴訟においてこれを主張することを妨げない。」とし、大阪高裁平成14年7月3日判決も、「申述を受理したとしても、相続放棄が有効であることを確定するものではない。相続放棄等の効力は、後に訴訟において当事者の主張を尽くした証拠調べによって決せられるのが相当である。」としています。
 実際にどんなケースがありうるか、3つ例を挙げてみましょう。

(例1)
 父親が亡くなったところ、息子である自分宛に、父親にお金を貸していた債権者から督促状が来たが、面倒なのでほっておいたら、督促状が来てから3か月が過ぎてしまった。
 その後、債権者から電話がきたりしてうるさいので、相続放棄をすることとし、「債権者からの電話で父親の債務を知った。」ことにして、家庭裁判所に申立をしたところ、受理された。

(例2)
 父親が亡くなり、息子である自分は、父親に借金があることはもともと知っていたが、プラスの遺産だけはもらって、借金は背負いたくないと思ったので、父親の銀行預金は引き出し、使ってしまったうえで、亡くなって3か月以内に相続放棄を申し立てし、受理された。
 なお、家庭裁判所に出す書面には、父親の銀行預金を使ってしまったことは書かなかった。

(例3)
 父親が亡くなり、息子である自分は、父親に借金があることはもともと知っていたが、放っておいたら3か月過ぎてしまった。その後、相続放棄をしようと思い、「そもそも父親が亡くなったことを知らなかったことにしよう。別居しているから通るだろう。」と考えてそのような内容で申立をし、受理された。

 以上の例では、息子さんは、「相続放棄が受理されたからもう大丈夫!」と考えたかもしれませんが、実はそうではありません。
 家庭裁判所は、相続放棄の申立があったとき、全ての事例について積極的に踏み込んで事実関係の調査等を行うわけではないので、本来は相続放棄が認められないような事案についても受理してしまうことはありえるのです。
 ですから、相続放棄が受理されたとしても、債権者が、「その相続放棄はおかしい。」と考えれば、放棄をした法定相続人に対し、「法定相続人として、被相続人の借金を支払え。」という民事訴訟を起こすことは可能で、相続放棄が有効か無効かは、その民事訴訟の中で決められることになるのです。
 (例1)であれば、債権者が、「息子さんが相続放棄を申し立てたのは、督促状を受け取ってから3か月以上経過してからであった。」という事実を民事訴訟で証明できれば、相続放棄は無効とされる可能性が大いにあります。
 (例2)であれば、債権者が、「息子さんが、父親に借金があることを知りながら、遺産である銀行預金を引き出して使ってしまった。」という事実を民事訴訟で証明できれば、やはり、相続放棄は無効とされる可能性が大いにあります。預金を引き出して使用したことは、「相続する。」という行為であり、一旦相続した以上、特段の事情もないのに、後になって相続放棄の申立をすることはできないと考えられるからです。
 (例3)であれば、債権者が、「息子さんが、父親の葬儀に出席していた。」ことを民事訴訟で証明すれば、やはり債権者勝訴の可能性が高いでしょう。私の業務経験でも、地元密着型の地銀や信用金庫では、担当者が地元をよく歩いており、その際に債務者の葬儀をたまたま目にし、焼香した、という例がありましたので、「葬儀の参列者を債権者が立証する。」も、空論ではありません。
 以上挙げたように、真実に基づかない相続放棄の申立は、受理されたとしても、後で民事訴訟を起こされて無効とされる可能性が大いにあります。その場合、もともとあった被相続人の債務の支払義務が発生するだけではなく、それに加えて、債権者に対する損害賠償義務を負う可能性もありますし、場合によっては犯罪にもなりかねませんので、安易な気持ちでそのような申立をすることは、けしてなさらないよう、くれぐれもご注意ください。

3 相続放棄の判断は意外に難しい
 相続放棄の申立書自体は、さほど難しい書式ではありません。
 しかし、放棄の申立をするまでの判断は、意外に難しいものです。
 相続するのと放棄するのとどちらがよいか、いつまで相続放棄できるのか、亡くなってから3か月以内に判断できない場合どうすればよいのか、3か月以上経ってしまった場合、どのような事情を書けば受理されるのか等、かなり難しい問題が色々ありますし、知識が必要でもあります。
 ですから、身近な人が亡くなられて、その相続について迷われるときは、まずは弁護士に相談されることをお勧めします。

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