弁護士の事件簿・コラム
ファウルボールにご注意下さい
弁護士 中里 勇輝
1 はじめに
裁判の結果の見通しを聞かれることが良くあります。
法的な紛争に巻き込まれた方が、裁判の結果を気にすることは当然のことです。
ですが、裁判の結果を予測することは非常に難しいことで、「こうなります」と断定できるケースは珍しく、せいぜい「こうなるのではないか」という予測にとどまってしまうのが実情です。
このように、断定が難しいことの背景の1つとして、同じようなケースでも裁判官によって判断が違う場合があることが挙げられます。
今回のコラムでは、野球観戦をめぐる裁判例から、裁判官による判断の相違について説明します。
2 裁判例について
⑴ 私は野球が好きで、よく中継を見ます。野球観戦に行くこともよくありました。
今回ご紹介する裁判例は、野球観戦にかかわる札幌地裁平成27年3月26日判決、その控訴審にあたる札幌高裁平成28年5月20日判決です。
平成22年8月、5人家族(Aさんとその夫、10歳の長男、7歳の長女、4歳の次男)が札幌ドームに野球に観戦に行きました。この日は日本ハムファイターズが、プロ野球の試合に小学生を招待するという企画を実施しており、長男と長女が観戦を希望したために、Aさんら家族は内野自由席で試合を観戦していました。
試合中、打球がファウルゾーンの観客席に飛びましたが、その際にAさんは打球から目を離して下に顔を向けていました。Aさんが視線を上げると打球が目の前に来ており、打球はAさんの右顔面に直撃 しました。Aさんは右顔面骨骨折及び右眼球破裂の傷害を負いました。
大変痛ましい事故です。
Aさんは、日本ハムファイターズのほか、 札幌ドームを占有していた株式会社札幌ドーム、札幌ドームを所有していた札幌市を相手に損害賠償を求める訴訟を提起しました。
第1審は、日本ハムファイターズ、株式会社札幌ドーム、札幌市それぞれに対して損害賠償を命じる判断となりました。これに対して控訴審は、日本ハムファイターズのみに支払いを命じ、株式会社札幌ドームと札幌市に対する損害賠償請求を認めませんでした。
この裁判における争点は多岐にわたりますので、すべてをご紹介することができませんが、株式会社札幌ドームや札幌市の責任が問題となった「札幌ドームに瑕疵があったのか(通常有すべき安全性を欠いていないか)」という争点に関連して、ファウルボールに対して観客に求められる対応について、第1審と控訴審において、裁判官による考え方の違いが見受けられるところがありました のでご紹介させていただきます。
⑵ 第1審 の裁判官は、札幌ドームに瑕疵があったのか否かを判断する前提として、以下のように言及しています。
「観客がプロ野球の球場を訪れて観戦するに至る経緯や動機は多種多様であって、性別を問わないし年齢層も幅広く、野球自体には特段の関心や知識もないが、子供や高齢者の付添いとして訪れる者や、初めて球場を訪れる者も相当数存在する・・・プロ野球の試合では200球を超える投球がされることが多く、声を上げたり、鳴り物等を使うなどして応援し、試合中も主催者側が観客席で飲食物を販売したりしているのであるから、その全ての機会において・・・ボールから僅かな時間も目を離すことが許されないとすることは、著しく高い要求水準であり、不可能を強いる。」
⑶ これに対して控訴審の裁判官 は次のように言及しています。
「打球は、観客席のどこに落ちた場合であっても危険であるものの、一般的には、ボールの滞空時間が長ければ長いほど、空気抵抗により減速し、衝突時の速度や衝撃も弱くなるから、バッターボックスから離れれば離れるほど、相対的には上記危険の程度も低くなる・・・プロ野球の試合を球場で観戦する場合の上記の本質的・内在的な危険性も、少なくとも自ら積極的にプロ野球の試合を観戦するために球場に行くことを考える観客にとっては、通常認識しているか又は容易に認識し得る性質の事項である・・・観客の側にも、基本的にボールを注視し、ボールが観客席に飛来した場合には自ら回避措置を講じることや、それが困難となりそうな事情(幼い子供を同伴していること等)が観客側に存する場合には、予め上記危険性が相対的に低い座席(バッターボックスからなるべく離れた座席等)に座ることなどの相応の注意をすることが求められ・・・」る。
⑷ 第1審 の裁判官は、子どもの付添い などで初めて野球観戦に来る人もおり、常に打球の行方に注意する ことを全ての観客に求めることは酷であるという考えであるのに対し、控訴審の裁判官 は、基本的には観客がボールを注視して回避行動をとることが求められるのであって、回避行動が難しい場合には、より危険性が低い座席に座るなどの対応を観客がすべきであるという考え方だと理解できます。
第1審と控訴審のそれぞれの裁判官の考え方 の違いについて、どのように感じられますか。野球の硬式球を持ったことがあるかどうか、野球の試合を見に行ったことがあるのかどうかなど、経験によって違うかもしれません。私は、硬式球がとても硬いものであることが分かっていますし、実際に野球を観戦していて自分の方向に打球が飛んでくると少し緊張して身構えてしまいます。そういった経験があるので観客が自ら注意することも必要だとは思いますが、そういった経験がない方にとっては、ファウルボールの危険性が分かりにくく、ファウルボールが危険であることを前提により危険性の少ない座席を選ぶなどの対応を求めることは酷ではないかと思います。
⑸ なお、控訴審判決も、観客の自己責任という言い方をしているわけではありません。
控訴審においては、野球に関する知識や経験が乏しいことや年齢等の理由から、ファウルボールの危険性をよく理解できていない方や回避措置が難しい方もいるものの、そういった方への対応(具体的な告知や追加の安全対策等)は、プロ野球の試合を主催する球団、つまり今回で言えば日本ハムファイターズの運営方法の問題であるとしています。
3 終わりに
ファウルボールに対して観客に求められる対応について、裁判官によって考え方が異なる実例を紹介しました。
裁判官によって考え方が違う場合があるからこそ、「裁判官はこう判断してくれるはず」と安易に決めつけずに、裁判における主張立証には全力を尽くす必要があります。
裁判にかかわる可能性がある方は、できるだけ早く専門家に相談することをお勧めいたします。
- « 前の記事 民事執行法改正後の状況について
- » 次の記事 破産するにもお金が必要?