弁護士の事件簿・コラム
「サッカーボール訴訟」最高裁判決から考える
弁護士 栗山 博史
1 はじめに
小学生の子どもが校庭でサッカーボールを蹴ったところ、公道に転がり出て、バイクを運転して校庭の横の道路を進行していた高齢者がこれを避けようとして転倒して負傷し、その後死亡したという事件について、本年4月19日、最高裁判決が言い渡されました。
一審(大阪地裁)、二審(大阪高裁)とも、ボールを蹴った小学生の親の監督義務違反の責任を認めていたのに対し、最高裁はこれを否定して親の責任を否定した、ということで、マスコミでも大きく取り上げられ話題になった事件です。
最高裁では、小学生の親が自分の子どもに対する監督義務を怠らなかったかどうか、ということが争点でしたので、報道では「親の責任が否定された」ということがクローズアップされて報道されましたが、改めて地裁、高裁、最高裁のそれぞれの判決を読んでみました。
2 事案の概要
この事案の内容を簡単に整理しておきます。
事故が起こったのは2004(平成16)年2月です。小学6年生のA君が、放課後、午後5時すぎ、小学校の校庭でサッカーのフリーキックの練習をしていたところ、A君の蹴ったサッカーボールが校庭から公道に飛び出しました。ちょうど、そのとき、85歳の男性Bさんが、その道路をバイクに乗って走行してきて、飛び出してきたサッカーボールを避けようとして転倒し、負傷しました。Bさんは、事故直後から入院し、約1年半後に入院中の病院で亡くなりました。
道路は校庭の南側にありました。校庭があって、その南側に幅1.8mの側溝があって、さらにその南側に道路がある、という位置関係です。サッカーゴールはゴールネットが張られて、校庭の南端から約10mの場所に、道路と並行に設置されていました。したがって、ゴールに向かってボールを蹴るのは、道路に向かって蹴るのと同じです。サッカーゴールは南門の前にありましたが、南側の門扉の高さは地上から130cmでした。また、校庭の南側のネットフェンスの高さは地上から120cmでした。南門を抜けると側溝がありますので、そこには側溝をまたぐ橋がかかっていて、A君の蹴ったサッカーボールは、南門の門扉を超えて橋の上を転がって道路上に飛び出した、とされています。
【Web上に公開されている図を引用させていただきました】
3 地裁・高裁の判断
1審の大阪地裁では、A君の行為は道路に向けて蹴ってはいけないという注意義務に違反したものであるが、A君は事故当時11歳で責任能力がないとされ、両親の監督義務違反の責任が認められました。民法714条1項は、子ども本人に落ち度があって違法な行為をしても、責任能力がなくて損害賠償責任を負わない場合には、原則として、法的に監督義務を負っている者が賠償すべきとしているからです。
A君自身には責任能力がなく損害賠償責任を負わないということは1審で確定し、2審の高裁では、専ら、A君の両親の責任について争われました。高裁は、A君の落ち度を認めて、1審同様に、両親の責任を認めたのです。
高裁判決は次のように言いました。
学校の設置したゴールに向かって蹴ることは社会的に許容された行為であるが、球技をする者は本件のように球技の場が人の通行する公道と近接している場合は、球技の場から公道へボールを飛び出させないよう注意すべき義務を負う。本件では、校庭と公道の近接状況、ゴールの位置、フェンスや門扉の高さ、公道の通行状況などを総合すると、A君は、校庭からボールが飛び出す危険のある場所で、逸れれば校庭外に飛び出す方向へ、逸れるおそれがある態様でボールを蹴ってはならない注意義務を負っていたというべきである。
高裁判決の内容に違和感を抱くのは私だけではないと思います。サッカーでゴールに向けて思い切りシュートすれば意図せずにゴールの枠を外れて遠くに飛んでいってしまうことなど多々あります。高裁判決の内容は、この校庭でボールをゴールに向けて蹴るときは、道路が近くにあるのだから、思い切りシュートを打ってはいけません、ミドルシュートなんかはとんでもない、という内容なわけです。
4 最高裁の判断
これに対して、最高裁の判断は、次のようなものです。
- 満11歳の男子児童であるAが本件ゴールに向けてサッカーボールを蹴ったことは、ボールが本件道路に転がり出る可能性があり、本件道路を通行する第三者との関係では危険性を有する行為であったということができるが、Aは、友人らと共に、放課後、児童らのために開放されていた本件校庭において、使用可能な状態で設置されていた本件ゴールに向けてフリーキックの練習をしていたのであり、このようなAの行為自体は、本件ゴールの後方に本件道路があることを考慮に入れても、本件校庭の日常的な使用方法として通常の行為である。
- また、本件ゴールにはゴールネットが張られ、その後方約10mの場所には本件校庭の南端に沿って南門及びネットフェンスが設置され、これらと本件道路との間には幅約1.8mの側溝があったのであり、本件ゴールに向けてボールを蹴ったとしても、ボールが本件道路上に出ることが常態であったものとはみられない。
- 本件事故は、Aが本件ゴールに向けてサッカーボールを蹴ったところ、ボールが南門の門扉の上を越えて南門の前に架けられた橋の上を転がり、本件道路上に出たことにより、折から同所を進行していたBがこれを避けようとして生じたものであって、Aが、殊更に本件道路に向けてボールを蹴ったなどの事情もうかがわれない。
- 責任能力のない未成年者の親権者は、その直接的な監視下にない子の行動について、人身に危険が及ばないよう注意して行動するよう日頃から指導監督する義務があるが、本件ゴールに向けたフリーキックの練習は、通常は人身に危険が及ぶような行為であるとはいえない。また、親権者の直接的な監視下にない子の行動についての日頃の指導監督は、ある程度一般的なものとならざるを得ないから、通常は人身に危険が及ぶものとはみられない行為によってたまたま人身に損害を生じさせた場合は、子に対する監督義務を尽くしていなかったとすべきではない。
- Aの父母は、危険な行為に及ばないよう日頃からAに通常のしつけをしていた。
- Aの父母は民法714条1項の監督義務者としての義務を怠らなかったというべきである。
この判決を読むと、A君の行為は、道路を通行する第三者との関係では危険性があるけれども(客観的な違法性はあるということになります)、「校庭の日常的な使用方法として通常の行為である」「ゴールに向けてボールを蹴ったとしても、ボールが道路上に出ることが常態であったものとはみとめられない」「殊更に道路に向けて蹴ったなどの事情もうかがわれない」としており、A君の過失(主観的な落ち度)を否定しているようにもみえます。一般的には、親の監督義務違反が認められるかどうかは、まずはA君に過失があることを前提に検討されるのですが、この最高裁判決は、地裁や高裁のようにA君の注意義務違反の内容について何も語っていないからです。
親の子どもに対する指導監督(しつけ)というのは、子どもの内面に働きかける行為です。危険な行為をしないように日頃から指導することはできますが、本来危険性のない行為について、注意を促すことはできません。子どもに過失のない、たまたま危険性を生じた行為ならば、親はどうすることもできない、というふうに判断したようにもみえるのです。
5 この裁判から何を読み取るか
さて、この最高裁判決を受けて、今まで広く認められてきた親の監督義務違反の責任範囲が限定されたという評価もありましたが、果たしてそうでしょうか。この判決が判断したのは、子どもが、通常は人身に危険が及ぶような行為ではないことをして、たまたま運悪く、人身に危険性を生じさせた場合です。同じサッカーボールを蹴るにしても、小さい子どもが遊んでいる方向に向けて不用意にボールを蹴って怪我をさせてしまえば、子どもの過失は認められ、親の責任も認められるでしょう。また、最近、子どもが自転車に乗って事故を起こし、歩行者に危害を加えるようなケースも散見されますが、自転車運転自体は、類型的に危険性がありますから、子どもの自転車運転に過失があれば、親の責任は否定されないでしょう。このように考えてくると、この最高裁判決と同じようにいえる事例は極めて少ないと思います。
子どもは、未熟であるがゆえに、故意又は過失により、人に怪我をさせたり、物を壊したりするということが多々起こり得ます。そして、その被害の程度によっては、賠償しなければならない金額が数百万円、数千万円ということも珍しくありません。
私自身、被害者側の代理人として加害者の子ども本人に損害賠償請求したケースが何件もありますが、やはり数百万円、数千万円という請求でした。普通の家庭で一度に賠償できるような金額ではとてもありません。しかし、私が担当したケースでは、加害者の子どもが損害賠償保険に入っているケースがほとんどでした。保険が使えると、加害者側としても経済的負担を免れ、精神的にも助かりますし、被害者側としても、被った被害そのものは消えないにしてもせめて金銭的な償いはなされます。
自動車を運転するときは任意保険に加入するのはもはや常識です。子どもの保険に関してはまだまだそうなってはいませんが、やはり、お子さんをお持ちであれば、いざというときに備えて第三者への損害賠償も保障される保険に加入されることをお勧めします。
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