弁護士の事件簿・コラム
相続法改正~「預貯金の仮払い制度の新設」について
弁護士 野呂 芳子
1 はじめに
昨年来、相続法改正に関する話題を取り上げてまいりましたが、今回は、「預貯金の仮払い制度の新設」について解説します。私の担当回では、相続法改正に関する話題はこれが最後になると思いますが、多くの方に関わる改正だと思いますので、お目通しいただければ幸いです。
2 これまでの取り扱い
この制度が新設されるまでは、被相続人(亡くなられた方)の預貯金は、相続人が複数いた場合、その相続人の間での遺産分割が終わるまでは、単独で払い戻しを受けることはできませんでした。
そのような取り扱いの根拠となっていたのは、平成28年12月19日の最高裁大法廷決定です。最高裁は、この決定で、「預金は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されるものではなく、遺産分割の対象である。」旨述べたのです。
「相続開始と同時に当然に法定相続分に応じて分割されるものではない。」ということであれば、相続人は、自分の法定相続分のみであっても単独で払い戻しを請求する権利はない、ということになりますし、「遺産分割の対象である。」ということであれば、遺産分割により相続人全員の間で分け方が決まってから初めて払い戻しを受けることができるもの、という取り扱いにならざるをえなかったのです。
3 これまでの取り扱いの問題点
しかし、この最高裁決定を踏まえた取り扱いでは、色々な問題が発生していました。
(1)典型的には、葬儀費用の捻出です。葬儀費用は、それなりに高額です。しかし、亡くなられてすぐに行われるものですから、その時点で遺産分割が終了していることは殆どありません。その結果、結局、誰かが立て替えなくてはならなくなったり、中には一時的に借り入れをしたりして賄う、というようなこともあったのです。
(2)また、相続人が債務を負っており、返済を迫られている場合でも、遺産分割が終了しておらず預金の払い戻しができないため返済が出来ず、利息や損害金が嵩んでいく、というケースもありました。
(3)さらに、被相続人から扶養を受けていた相続人(妻など)の当面の生活費を確保する必要があっても、遺産分割がなかなかまとまらないために預金の払い戻しができず生活に困窮する、という不都合が生じる虞もありました。
4 改正による変化
このように、私たちの生活では、被相続人が亡くなられた後、遺産分割前であっても、預金を払い戻す必要がある場面というのはいくつも考えられます。
そのような事態に対応すべく、今回の改正がなされ、相続人は、遺産分割終了前でも、単独で、預貯金の一部の払い戻しを受けることができるようになったのです。
5 2種類の払戻制度
ただ、無条件で払い戻しができるわけではありませんので、ここでもう少し詳しく新しい制度を見てみたいと思います。
(1)家庭裁判所の判断不要で払い戻しが出来る制度
相続人は、口座毎(定期預金の場合は明細毎)に、以下の計算式で求められる金額については、家庭裁判所の判断不要で、金融機関から単独で払い戻しを受けることができるようになりました。
(計算式)
相続開始時(亡くなられた時)の預金額×1/3×払い戻す相続人の法定相続分
この式を見ていただければおわかりのとおり、払い戻せる限度額は法定相続分の1/3です。わかりやすいように、例を挙げてみます。
(例)
被相続人(亡くなられた方) 夫
相続人 妻と子ども2人
遺産 預貯金 600万円
この場合、妻の法定相続分は300万円(遺産の1/2)、子どもの法定相続分はそれぞれ150万円(子ども合計で遺産の1/2)です。
改正法を利用して預金を払い戻そうとする場合、限度額が法定相続分の1/3になりますから、妻であれば100万円、子どもは50万円が、単独での払い戻し可能額ということになります。
なお、同じ金融機関(同じ金融機関の複数支店に預金がある場合はその全支店)からの払い戻しは、150万円が上限になります。
(2)払い戻しに家庭裁判所の判断が必要な場合
①家庭裁判所に遺産分割の調停や審判が申し立てられている場合で
②被相続人の債務の弁済、相続人の生活費の支払いその他の事情により相続預金を払い戻す必要がある場合、
相続人は、家庭裁判所に「預金の仮取得を認めて下さい。」という申立をし、家庭裁判所の審判を得ることにより、相続預金の全部または一部を、金融機関から単独で払い戻しを受けられるようになりました。
この場合、(1)の場合と異なり、「法定相続分の1/3まで」とか「同一金融機関では150万円まで」というような決まりはなく、それより上でも下でも、家庭裁判所が仮取得を認めた金額を払い戻せる、ということになります。
(3)両制度の比較
上記2種類の制度のうち、私たちの生活上、簡単で利便性が高いのは、(1)の、家庭裁判所の判断不要で払い戻しができる制度でしょう。但しこ ちらは、限度額が決まっています。
(2)の制度は、(1)と異なり、限度額が決まっていないので、より高額の払い戻しも可能なのですが、裁判所に申立をし、必要性を認めてもらわなければいけない、という煩雑さがあります。
また、この2つの制度は、法律的な意味合いも異なっており、(1)は、遺産の確定的な一部分割とみなされるのに対し、(2)はあくまでも「仮の処分」であり、払い戻しを受けた金額が確定的に分割された、ということにはなりません。
このように、2つの制度は、それぞれメリットデメリットがあり、法律的な意味合いも異なりますので、どちらを利用するかは、状況に応じての判断になるでしょう。
6 最後に
この「預貯金の仮払制度」は、既に本年令和元年7月1日から施行されています。
有効な制度だと思いますので、もしもの時はご利用を検討されることをお勧めします。
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