弁護士の事件簿・コラム
養育費・婚姻費用の新算定方式について
弁護士 栗山 博史
1 はじめに
夫婦が離婚した後でも、親は未成年(未成熟)の子どもを扶養する義務があります。この扶養義務に基づいて負担する費用を「養育費」といいますが、離婚の話し合いをする過程で、離婚成立後に子どもと同居していない親から子どもと同居している親に対して具体的にいくら支払うべきか、ということが問題となります。
これに対して、「婚姻費用」は、婚姻中に夫婦が協力して負担すべき生活費のことです。その中には当然子どもの生活費も含まれます。夫婦が別居していても、夫婦間の扶養義務、子どもに対する扶養義務がありますので、離婚の話し合いの過程で、あるいは、離婚の話し合いはせずに、婚姻中に片方の配偶者からもう片方の配偶者に対して具体的にいくら支払うべきなのか、ということが問題となります。
この「養育費」と「婚姻費用」については、2003年に、標準算定方式と、これに基づく標準算定表が公表され、全国の家庭裁判所における調停・審判の実務においては、この標準算定方式・算定表が用いられてきました。標準算定方式は、計算式なので、両親(夫妻)の年収等をもとに個別に計算しなければならないのですが、標準算定表は、両親(夫妻)の年収や子どもの人数・年齢がわかれば、特別な事情のない限り、月額○万円から○万円という感じで妥当な金額を把握することができるので、大変便利でした。
昨年末、この標準算定方式・算定表が改訂され、2019年12月23日に裁判所ウェブサイトに掲載され、メディア報道もされました。
改訂された標準算定表を従前のものと見比べると、確かに、金額が変わっています。両親が離婚し、妻が子ども2人(いずれも14歳未満)を引き取って生活しているパターンで見てみました。600万円の給与所得者である父、200万円の給与所得者である母の場合、従来の算定表では養育費は6万円~8万円ですが、改訂された算定表では8万円~10万円となっていました。養育費の支払いを受ける側にとっては増額されて有利になっていることがわかります。
このように、養育費や婚姻費用を支払ってもらう側からすれば有利になるような改訂がされたということなのですが、では、標準算定表のもとになる標準算定方式は、どのように改訂されたのでしょうか。
少し複雑な内容になりますが、もし興味をお持ちであれば、以下の内容もお読みいただければと思います。
2 何が変わったのか
養育費・婚姻費用の標準算定方式は、総収入から公租公課等の経費的なものを控除して、義務者(お金を支払う方)と権利者(お金をもらう方)の基礎収入を認定することからスタートします。先ほども標準算定表で確認した、夫婦ともに給与所得者で、夫の年収600万円で、妻の年収が200万円の例を考えてみます。養育費・婚姻費用を算定するにあたって、この収入をそのまま計算の基礎にするわけではありません。
年収600万円の夫は、その中から税金や社会保険料を支払う必要があります。また、仕事のために交通費や携帯電話代を負担したり、スーツ等の衣服や書籍を買ったりする必要があります。当然のことながら、夫婦が別居していても、住宅費はかかりますし、最低限の生命保険・医療保険等に加入することが必要といえます。こういう諸々の経費的なものを、統計的処理の結果、年収600万円の人は63%としていました。養育費・婚姻費用の算定の基礎とする収入については、この63%分を差し引いて600万円×37%=222万円としていました。他方、年収200万円の場合には、諸々の経費的なものを61%としていました。この分を差し引いて、妻の基礎収入は、200万円×39%=78万円としていました。
このようにして、まずは、夫婦の基礎収入の額を決めます。そのあとで、未成年(未成熟)の子ども一人あたりの生活費について、親一人世帯の親の生活費を100とした場合に、0歳から14歳までの子どもは55、15歳から19歳までの子どもは90(これらを生活費指数といいます。)として、子ども(養育費の場合)、あるいは世帯(婚姻費用の場合)に充てられるべき生活費を認定したうえで、権利者と義務者の収入に応じて、義務者に支払われるべき金額を決める、という方法をとります。
今回、新たな標準算定方式・算定表が公表されましたが、改訂されたのは大別して2点です。養育費・婚姻費用の算定方式という基本的な枠組みには変更はありません。何が変わったかというと、①権利者・義務者の基礎収入を算定するための経費的なものの割合を、最新の統計等に基づいて決め直したということ、②子どもの生活費指数についても、最新の統計等に基づいて改訂したということ、です。
3 では、具体的にどう変わったのか
基礎収入は、すでにご説明したとおり、年収額(額面)に一定割合(%)を乗じて算定しますが、給与所得者で見ますと、従来は下表のとおりでした。
給与収入(万円) | 割合(%) |
~100 | 42 |
~125 | 41 |
~150 | 40 |
~250 | 39 |
~500 | 38 |
~700 | 37 |
~850 | 36 |
~1350 | 35 |
~2000 | 34 |
今般改訂された算定方式では、以下のとおりとなりました。
給与収入(万円) | 割合(%) |
~75 | 54 |
~100 | 50 |
~125 | 46 |
~175 | 44 |
~275 | 43 |
~525 | 42 |
~725 | 41 |
~1325 | 40 |
~1475 | 39 |
~2000 | 38 |
見比べていただければおわかりのとおり、養育費や婚姻費用を算定するベースとなる基礎収入は明らかに増加することになります。先ほど、夫の年収600万円して基礎収入が222万円としましたが、これが新算定方式だと、600万円×41%=246万円となります。
次に、2番目の改訂点である子どもの生活費指数ですが、こちらは、以下の通り改訂されました。14歳までの子どもの場合、従来より、子どもの生活費はかかるから、より多くのお金を養育者に支払う必要がある、ということになります。15歳以上の子どもの生活費指数が下がっているのは、国公立高校の学費が下がったことによります。
0歳から14歳まで 55→62
15歳から19歳まで 90→85
4 具体例での試算
先ほど挙げた、夫(父親)の年収が600万円、妻(母親)の年収が200万円、子ども(14歳以下)が2人いて、離婚して母親が引き取って養育したケースで父親から支払われるべき養育費を従来の算定方式で計算すると、月額7万1000円ほどでした 1(標準算定表では先ほど申し上げたとおり6~8万円)。新しい算定方式で計算してみたところ、月額8万4000円ほどになりました 2(標準算定表では先ほど申し上げたとおり8万円~10万円)。月額約1万3000円(約16万円)の増額となり、大きな違いとなることがわかります。
1 旧算定方式
父親の基礎収入 222万円 母親の基礎収入 78万円
子どもに充てられるべき生活費 222万円×(55+55)/(100+55+55)=116万2857円 義務者の負担分 116万2857円×222万円/(222万円+78万円)=86万0514円 月額約7万1000円
2 改訂された算定方式
父親の基礎収入 246万円 母親の基礎収入 86万円 子どもに充てられるべき生活費 246万円×(62+62)/(100+62+62)=136万1785円 義務者の負担分 136万1785円×246万円/(246万円+86万円)=100万9033円 月額約8万4000円
5 おわりに
冒頭に申し上げたとおり、新しい算定方式に基づく簡易な算定表はすでに裁判所のウェブページに掲載されており、養育費と婚姻費用のそれぞれについて、子どもの数や年齢、権利者・義務者の双方の収入がわかれば、おおよその金額がわかるようになっています。
→http://www.courts.go.jp/about/siryo/H30shihou_houkoku/index.html(別ウィンドウ)
今後は家庭裁判所の実務において、新算定方式・算定表に基づいて算定されてゆくことになると思いますので(従来の算定方式・算定表で話し合いを継続していたという場合も、新算定方式・算定表が適用されるのが一般的かと思います。)、ぜひご利用ください。ただ、お子さんが私立学校に通っているケースなど、そのまま簡易な算定表に当てはめられないケースも多々あります。そのような場合にどのように計算するかは弁護士等の専門家にご相談いただければと思います。
なお、以前私が離婚調停の代理人を務めた依頼者の方から、当時の算定方式に従って養育費の金額を合意したが、算定方式が改訂されたので改めて金額を決め直すことができないか、といったご質問を受けました。残念ながら、旧算定方式にしたがって一旦合意してしまうと、算定方式が改訂されたからといって、合意内容を白紙にして決め直すことができるというわけではありませんので、ご留意下さい。
- « 前の記事 オレオレ詐欺事件について
- » 次の記事 婚姻費用支払義務と婚姻破綻の有責性の関係について