弁護士の事件簿・コラム
酒気帯び運転と自動車保険の免責について
弁護士 栗山 博史
1 酒気帯び運転は免責事由
自動車保険(任意保険)に加入する際は、自動車事故の際に、死傷・破損等の被害を与えてしまった相手方に対して損害賠償金が支払われる損害賠償保険のほか、自分自身や家族等が被った人的・物的被害について補償を受けることができる人身傷害保険、車両保険等を特約で付けることがよく行われます。
この人身傷害保険や車両保険には、保険金が支払われない場合(免責事由)の1つとして、「道路交通法65条(酒気帯び運転等の禁止)1項に定める酒気を帯びた状態またはこれに相当する状態」で運転していた場合、ということが定められています。
2004年以前は、「酒に酔った状態(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態)」で運転している場合に生じた損害を免責とすることが一般的で、「酒気を帯びた状態またはこれに相当する状態」にとどまる場合には免責されていなかったのですが、飲酒運転に対する社会的非難の高まりによる刑法や道路交通法の改正等を踏まえ、2004年の約款改正により、このような規定が盛り込まれることになりました。
なお、酒気帯び運転をして事故を起こした場合、事故の相手方に対しては、被害者救済という考え方から、損害賠償金が支払われます。免責事由となるのは、人身傷害保険や車両保険等、保険加入者が請求する保険金です。
2 免責事由たる「酒気帯び運転」の意味
道路交通法上、酒気帯び運転が禁止されていますが、刑事責任を問われるのは、身体に保有するアルコールの程度が血液1ミリリットルにつき0.3ミリグラムまたは呼気1リットルあたり0.15ミリグラム以上保有する状態にあった場合のみです。そこで、自動車保険の免責事由についても、刑事罰と同程度のアルコールを身体に保有している状態で車両を運転する場合に限定すべきであるという考え方もあります。(*1)
あるいは、同じく免責事由とされているものに、「麻薬、大麻、……、覚せい剤、シンナー……等の影響により正常な運転ができないおそれがある状態」で運転した場合という定めがあることなどを踏まえ、酒気帯び運転についても、酒気帯びにより正常な運転をすることができないおそれがある状態で車両を運転する場合に限定すべきという考え方もあります。
しかしながら、最近の裁判例は、このような限定的な考え方を採用せず、免責事由である酒気帯び運転の意味を、裁判例によって表現は多少異なりますが、その者が通常保有する程度以上に アルコールを保有することが、顔色、呼気等の外観上認知することができる状態(*2) というように考える傾向があるようです。
3 酒気帯び運転の場合、保険会社は全て免責されるのか
私がこの問題をコラムのテーマに取り上げようと思ったのは、最近の判例冊子に掲載されていた大阪高裁令和元年5月30日判決の内容に興味を持ったからでした。
事案は、A運転の自動車が、午前8時30分ころ、進路前方に停止していたV運転の原動機付き自転車の側面に衝突して跳ね飛ばし死亡させたというものです。Aは前日の晩に、少なくとも500ミリリットル入りの缶ビール1本と焼酎の水割りを3杯飲んでおり、事故後の飲酒検知で呼気1リットルにつき0.06ミリグラムのアルコールが検出されました(この数値では刑事責任は問われません)。Aも怪我をし、車両が破損したので、その損害を補償するため、保険会社は、一旦はAに対し保険金を支払ったのですが、後に、免責事由である酒気帯び運転があったとして、Aに支払った保険金の返還を求めたのです(Aも等級14級の後遺障害を負っており、追加の保険金の支払いを求めました)。
判決は、免責事由となる酒気帯び運転について、「通常の状態で身体に保有する程度を超えてアルコールを保有し、そのことが外部的徴表により認知し得る状態で車両を運転する場合を指す」としながら、「酒気帯び運転をするに至った経緯、身体におけるアルコールの保有状況、運転の態様及び運転者の体質等に照らして、酒気帯び運転をしたことについて、社会通念上、当該運転者の責めに帰すことができない事由が存するなど特段の事情がある場合」には免責条項は適用されないとも述べました。
では、本件ではどう判断したかというと、「Aは、事故の前日の晩に決して少量とはいえない程度の飲酒をしたのであるから、翌朝、身体に相当程度のアルコールを保有していることを認識することが可能であり、運転を差し控えるべきであったということができる。それにもかかわらず、Aは、本件車両を運転し、本件事故を惹起するに至ったのであるから、本件免責条項の適用を否定すべき特段の事情は認められない」として、Aは保険金を返還すべきだと結論づけました。
前の晩に飲酒して翌朝までアルコールが体内に残るということは一般的に知られるようになっています。判決は、一晩睡眠をとったくらいでは、運転者の責任は何ら軽減されないということを示したことになります。飲酒後の運転は絶対にしてはいけませんが、前日の晩に飲酒した場合の運転にも注意を払う必要があると改めて認識しました。
*1 生命保険の災害割増特約では、「被保険者が法令に定める酒気帯び運転またはこれに相当する運転をしている間に生じた事故」を免責事由としており、刑事罰対象の基準値未満の場合には免責対象とならないことも根拠の1つとされています。
*2 名古屋高裁平成26年1月23日判決
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