弁護士の事件簿・コラム
不法行為の定期金賠償について
弁護士 栗山 博史
1 定期金賠償とは
故意の暴力や過失のある事故等によって被害を受けた場合、被害者は、行為者や監督者などの責任主体に対して、不法行為に基づく損害賠償を求めることができます。
被害者が後遺障害を負ってしまった場合の損害賠償の項目には、治療費や休業損害のほか、慰謝料、逸失利益(後遺障害が残り労働能力を失ったことにより、就労可能期間とされる67歳までの間の収入減少分として算定します)も含まれますが、損害賠償請求の方法としては、「総額●●●●円を直ちに支払え」というように、一時金として支払いを求めるのが一般的です。
しかし、将来発生する損害について一時金として支払いを求める場合には、将来受け取ることのできるはずの金額のままで受け取れるわけでなく、請求する時点の価値に引き直す必要があり、中間利息を控除する必要があります。
※中間利息についてはこちらをご参照下さい。
2018年1月16日 弁護士 栗山 博史 コラム『民法(債権関係)の改正について』
2020年7月13日 弁護士 中里 勇輝 コラム『法定利率の改正について』
そうすると、被害者が現実に受け取ることのできる金額は大きく減少してしまいます。
そこで、将来にわたって、就労可能期間とされる18歳から67歳まで、毎月、●●円ずつ支払ってほしい、というように求めることがあり、裁判所がその要求に沿って支払いを命じる場合があります。これを定期金賠償といいます。
2 後遺障害逸失利益の定期金賠償に関する最高裁の判断(令和2年7月9日判決)
損害項目のうち、将来の介護費用(ヘルパー費用等)というのは、被害者が亡くなった場合には不要になるものなので、被害者が亡くなるまでの間、毎年・毎月というように、定期的に支払を命ずるのが合理的だという考え方がありますが、定期金賠償は、このように、被害者が亡くなった場合には支払いが打ち切られるべきものに限って認められるべきであるという考え方がありました。
では、後遺障害逸失利益についてはどうかといえば、交通事故の被害者がその後裁判の途中に別の原因で亡くなったとしても、特段の事情のない限り、後遺障害逸失利益の損害額には影響しない(つまり、67歳まで就業可能であることを前提に損害額を算定し、もし途中で死亡したとしても死亡日までの分に減額されない)とする最高裁判決(平成8年4月25日等)があるため、先に述べた考え方に立った場合、逸失利益は定期金賠償になじまないのではないか、という疑問が生じることになります。
このように後遺障害逸失利益について定期金賠償が認められるかという点については明らかではなかったのですが、最高裁令和2年7月9日第一小法廷判決は、後遺障害逸失利益についても定期金賠償を正面から認めました。
最高裁は、不法行為に基づく損害賠償制度は、加害者に損害賠償をさせることにより、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり、損害の公平な分担を図ることをその理念とする、として、被害者が後遺障害による逸失利益について定期金賠償を求めている場合において、上記の目的及び理念に照らして相当と認められるときは、逸失利益が定期金による賠償の対象となる、と判示したのです。
最高裁判決の事案は、交通事故当時4歳の幼児が高次脳機能障害のために労働能力を全部喪失したという事案でした。最高裁は、逸失利益は将来の長期間にわたり逐次現実化するものであるといえるから、逸失利益を定期金による賠償とすることが、上記の損害賠償制度の目的及び理念に照らして相当と認められると判断しました。
3 就労可能期間の終期(67歳)より前に被害者が死亡した場合の取り扱いについて
後遺障害逸失利益の賠償について、一般的な一時金の支払いによる場合であれば、仮に就労可能期間とされる67歳より前に被害者が亡くなった場合でも、すでに支払われた損害賠償額に何ら影響はありませんが、定期金賠償の場合にどうなるのか、という問題があります。すなわち、被害者が67歳に達するより前に亡くなった場合には定期金賠償の支払いも打ち切られるのか、そうではなく、その後も被害者が67歳になるはずであった年まで支払いが継続するのか、という問題です。
上記最高裁判決は、この点について、定期金賠償の場合についても、「特段の事情がないのに、交通事故の被害者が事故後に死亡したことにより、賠償義務を負担する者がその義務の全部又は一部を免れ、他方被害者ないしその遺族が事故により生じた損害の填補を受けることができなくなることは……衡平の理念に反する」として、「定期金による賠償を命ずるに当たっては、交通事故の時点で、被害者が死亡する原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、就労可能期間の終期より前の被害者の死亡時を定期金による賠償の終期とすることを要しない」と判示しました。つまり、被害者が亡くなったとしても、支払いは打ち切られないという結論が示されました。
4 おわりに
最高裁は、4歳の子どもが労働能力の全部喪失という重篤な後遺障害を負ったという事案について、不法行為に基づく損害賠償制度の目的及び理念に照らして、定期金賠償を認める相当性があると判断したものであり、年齢や後遺障害の大きさがその判断の決め手になっていることは明らかだと思われます。
定期金賠償は、まだまだ一般的ではありませんが、訴える側が求めなければ実現しないものですので、被害者の代理人となり得る私たち弁護士が、事案の内容や被害者・ご家族のご事情を踏まえながら、定期金賠償の可否や相当性について慎重に検討し、対応する必要があると感じました。
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