弁護士の事件簿・コラム

日々の出来事を刑法で考えてみました

弁護士 中里 勇輝

1 はじめに
 私は刑法が好きです(そのせいで私のコラムは刑法のことばかりですが・・・)。
 何気ない出来事も、これは刑法的にはどうなるのかな?と考えることがよくあります。今回のコラムでは、私が実際に体験した出来事について書いてみます。


 ⑴ 私は、先日、ズボンのベルトを購入しました。
 購入したベルトを自宅に帰って巻いてみたところ、私が思っていたよりも長いベルトで、ちょうどよいところにベルトの穴がありませんでした。
 このベルトは切って短くできるものではなかったので、ベルトの穴を増やすしかありませんでした。
 私は、ベルトを加工してくれるお店にベルトを持ち込み、ベルトの穴を1つ増やしてほしいとお願いしました。
 その数日後、お店から電話がありました。
 「ベルトの穴を1つ増やすというお話だったのですが、こちらの手違いで2つ増やすということで工場に話が届いてしまい、加工の担当者がそのまま穴を2つ増やしてしまいました。申し訳ございません。お代は結構です。」
 とのことでした。
 後日、ベルトを取りに行くと、穴が2つ増えていました。
 お店の方からは、電話のとおり、代金を請求されませんでした。

⑵ ベルトの穴が2つ増えただけでその他は特に問題はなく、私としては、「払わずに済んでラッキー」くらいにしか思いませんでした。そして、いつもの癖なのか、この出来事は刑法的にはどうなるのか、考えてみました。
 私が気になったのは、私のベルトに穴を2つ増やした加工の担当者に器物損壊罪が成立しないのか、ということでした。
 私が同意していないのにベルトに穴を増やされてしまったからです。直感的に、皆様はどう思われますか。
 結論を先にお伝えすると、器物損壊罪は成立することはないと私は考えます。  理由は大きく2つあります。

3 理由1:犯罪が成立するということの意味
 ⑴ 犯罪が成立するには、刑法などの法律が定める条文に該当しなければなりません。
 例えば窃盗罪なら、刑法235条が「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」と定めています。「他人の財物を窃取する」という法律に記載された犯罪の成立要件(構成要件といいます)に該当した人に、窃盗罪という犯罪が成立することになります。
 先ほど述べた器物損壊罪ですと、刑法261条が「・・・他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。」としています。この場合の犯罪の成立要件は、「他人の物を損壊し、又は傷害すること」といえるでしょう。
 では、「他人の物を損壊し、又は傷害すること」とはどういう意味なのでしょうか。
 皿を床に叩きつけて割る行為や本を破る行為など、物理的に物を壊す行為は分かりやすいと思います。ですが、「他人の物を損壊し、又は傷害すること」には、物理的に物を壊さずともその物の効用を害する行為も含まれると考えられています。
 例えば、食器に尿をかける行為は、皿という物自体が壊れているわけではありませんが、その物自体の効用が失われた(料理をのせることができなくなった)として、「他人の物を損壊し、又は傷害すること」に該当すると考えられます。

⑵ そこで、私のベルトが損壊又は傷害されたのかを検討すると、穴が余計に1つ増えただけでベルトが切れたりしたわけではなく、見た目にもほぼ影響がなかったので、問題なく使用できる状態でした。そのため、ベルトとしての効用が害されたとはいえません。
 このように考えると、刑法が定める「他人の物を損壊し、又は傷害した」という要件を満たさないために、器物破損罪が成立しないと考えられます。

⑶ 余談ですが、器物損壊罪が成立するには、「他人の物を損壊し、又は傷害すること」について故意、分かりやすくいえばわざとであることが必要になります。「うっかり壊してしまった」では器物損壊罪が成立しません。「これって器物損壊じゃないんですか?」と聞かれることがたまにありますが、多くのケースでは故意が問題になるように思います。

4 理由2:被害者の同意について
⑴ 仮に、私のベルトの穴が1つ余計に増やされたことによってベルトの見た目が明らかに変わってしまい、ベルトとして使えなくなってしまった場合はどうでしょうか。
 この場合、ベルトとしての効用が害されているので「他人の物を損壊し、又は傷害した」に該当すると考えられます。
 しかし、器物損壊罪の成立には別の問題があります。
 それは、加工の担当者が、持ち主である私から、2つ穴を増やしてほしいという依頼を受けたと考えていたところです。

⑵ 犯罪の多くは被害者の同意があれば成立しません。
 例えば、人にケガを負わせる傷害罪は、被害者が暴行を受けてその怪我を負うことに本心から同意している場合には成立しません(これに対し、法律は、被害者の同意があったとして例外的に犯罪が成立する場合を定めています。刑法202条の同意殺人がその例です)。
 器物損壊罪については、このような例外的な規定がないので、物を壊しても、被害者、つまり所有者の同意を得ていれば、器物損壊罪が成立しないことになります。
 私のベルトの穴のケースにもどりましょう。
ベルトの所有者である私は、ベルトの穴を1つ増やすことに同意しましたが、2つ増やすことに同意していません。穴を2つ増やすことについて同意はなく、これによってベルトが損壊したのであれば、器物損壊罪が成立することになるように思います。
 しかし、加工の担当者は、私からの依頼が「ベルトの穴を2つ増やすこと」だと信じていました。被害者である私の同意はありませんが、同意があると誤解していたということになります。
 このような場合に器物損壊罪が成立し、場合によっては前科がつく、というのはいささかバランスを欠いていると感じる方もいらっしゃると思います。
 実際には、このような場合、犯罪が成立しない可能性が高いと考えられます(犯罪が成立しない理由についてはいろいろな考え方がありますが、私の同意があると信じていた以上、犯罪として違法であると認識できる可能性がなかったから、という理解が一般的かと思います)。

5 終わりに
 何気ない日常の出来事ですが、法律的な意味合いをもつことは珍しくありません。
 法律問題だとは思っていなかったことが、弁護士に相談してみたら実は法律問題だったということもよくあります。
 気がかりなことがあれば、法律問題ではないと決めつけずに弁護士にご相談ください。気軽に弁護士に相談できる体制を作っておくという意味では、顧問弁護士の導入を検討されるのも良いかと思います。

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