弁護士の事件簿・コラム

「法的な請求の相手方の住所を知りたいのに……」

弁護士 栗山 博史

Ⅰ 相手方の住所情報の必要性
 私たち弁護士が、ご依頼を受けて、たとえば、不法行為を行った相手方に損害賠償金の支払いを求める、相手方に離婚を求めるといった何らかの請求(以下、この文章の中で「法的な請求」といいます。)を行う場合には、法的な請求をしたことが証拠に残るように郵便で連絡するのが一般的ですし、また、裁判所に対して訴訟や調停という法的手続を申し立てる場合にも、裁判所からの書類の送付先として住所を特定する必要があるというのが原則です。
 しかしながら、相談を受ける事案の状況によっては相手方の住所はおろか、氏名を特定することができないという場合もあり、法的な請求を行う事件処理の最初の段階から難儀することもあります。

Ⅱ 本人や親族の本籍地がわかる場合
 私たち弁護士のような専門家には、「職務上請求」という手段が法律上認められており、依頼を受けている事件の処理を進める上で、住民票や戸籍謄本などを入手することができるようになっています。
 住所というのはいうまでもなく個人情報です。住民票や戸籍を取り扱う地方自治体は、各自治体が定める個人情報保護条例によって、原則として個人情報を本人以外の外部の者に提供できないことになっているのですが、法律によって職務上請求という制度が認められているために、例外的に、住所に関する情報を弁護士等に提供することが認められるのです(なお、DV・ストーカー・児童虐待等の理由で住民基本台帳事務における支援措置により制限されている場合は別です。)。
 本人の本籍地がわかると、その戸籍謄本を入手することができ、そして、住民票の住所の異動は戸籍の附票に記載されますので、戸籍の附票を取り寄せることで、現在の住民票上の住所地を把握することができます。また、親族の本籍地がわかると、そこから戸籍を辿っていけば本人の戸籍謄本を入手することができますので、同様に、現在の住民票上の住所地を把握することができます。
 したがって、本人や親族の本籍地がわかっていて、それに基づいて調査した結果の住民票上の住所地に相手方が居住しているとみられる場合は、相手方に対する法的な請求を行うことができます。

Ⅲ 把握している情報を頼りに住所を把握する
 1 では、本人の住所や本籍地に関する情報がない場合はどのようにして住所を把握できるでしょうか。たとえば、自分の配偶者が不貞行為をしていることがわかったが、相手方の住所・氏名が特定できないという場合はどうでしょうか。
 何らかの事情で、不貞行為をしている相手方の携帯電話番号を把握できれば、弁護士会照会という方法(事件を依頼する弁護士が所属弁護士会に申し出て、弁護士会から電話会社に問い合わせる方法)によって回答を得られるのが一般的です。電話会社は、民間事業者として個人情報保護法を遵守する義務があり、原則として、氏名・住所のような個人情報を本人以外の外部の者に提供できないことになっているのですが、弁護士会照会という弁護士法に定められている制度に基づく照会であるため、個人情報保護法違反にならない例外事由の「法令に基づく場合」として、回答をしています。ただ、弁護士会照会に対して回答がなされるのは、それが、被害者による相手方(加害者)に対する損害賠償請求という、権利行使のために必要な最低限の情報だからという理由があるからです。把握できる情報は、あくまでも権利行使に必要な範囲での情報に限られることにご留意ください。

 2 なお、同じ例で、携帯電話番号がわからなくても、駐車場に止まっている自動車が不貞行為の相手方の自動車であると強く疑われる場合があります。このような場合には、自動車のナンバーをもとに、同じく弁護士会照会の方法で、運輸局などに照会すれば、登録事項証明書を送ってもらうことにより、運輸局の登録上の住所を知ることができます。
 自動車の登録情報から住所を知る必要があるというのは、不貞行為の場合より、むしろ交通事故の方が多いでしょう。交通事故の場合、相手方が逃げてしまったとか、事故の相手方はわかっているけれども、運転者と所有者が違っていたなどの事情によって、自動車の登録情報を知りたいということがありますので、弁護士会照会の方法を使うことがよくあります。
 以上のようなことから、携帯電話の番号や自動車のナンバーといった手がかりとなる情報を把握しておくことはとても大切です。

 3 電話番号や自動車のナンバーから氏名・住所を照会するという方法は、照会先の電話会社や役所等の理解のもと一般的に認められており、事件の依頼を受けた多くの弁護士によって活用されていますが、氏名・住所を照会する事案や照会先はさまざまです。事案の内容や照会先である会社等の考え方次第で、氏名・住所等の情報が得られないケースや、情報が得られるまでに労力や時間を要するケースは多々あるのです。
 以前、地方自治体が特定の住民の口座に多額のお金を誤送金してしまったというニュースが報道されましたが、あのような例でなくても、たとえば、AさんがBさんにお金を振り込むべきところ、慌てていたために確認を怠り、支店名や口座番号が類似しているCさんの口座に誤送金してしまった、というケースは想定されます。最近は、ネットバンキングの取引が多用され、大変便利にスピーディーに取引ができるようになった反面、こういうミスが起こりやすくなっているといえます。振込を行ってしばらくした後、Bさんから入金が確認できないがどうなっているのか等と連絡があり、Cさんへの誤送金に気づくということがあり得るでしょう。Aさんは、Cさんに対して返金を依頼したいのですが、カタカナ表記の口座名義しかわかりませんから、振込先の銀行に氏名・住所を問い合わせることになりますが、一般的には、Cさんの個人情報保護(守秘義務)を理由に回答が得られないと思われます。
 AさんはCさんに対して返金を求める権利(法的には不当利得返還請求権といいます)がありますので、弁護士が事件解決の依頼を受ければ、その権利行使の必要性を明らかにして、弁護士会照会を使って、Cさんの氏名・住所を問い合わせることになると思いますが、この方法で、当然に回答が得られるかといえばそうとはいえません。Cさんの氏名・住所は明らかに個人情報であり、銀行はCさんに対して守秘義務を負っています。銀行としては、「Aさんは誤送金だと言っているが、本当に誤送金なのか」「もし、真実は別の理由があって氏名・住所を照会しているのだとしたらCさんに不利益を与えてしまい、銀行としてCさんに対して損害賠償責任を負うことになる可能性がある」等と考える可能性もあり、そうなると、銀行としても、回答するかどうかの判断にあたって慎重に検討し、速やかに回答してくれないということになります。

 4 こういった事案以外にも、たとえば、インターネット上の取引で一般人どうしの物品売買を仲介するようなサービスが多く利用されています。こういったサービスは、便利な反面で、もし後日何かトラブルがあり、法的請求を行う必要がある場合には、取引の相手方の住所等の情報を把握したいということがあり得ます。このような場合に住所等の情報提供を求めても、やはり容易に情報提供されないという問題が生じるでしょう。

Ⅳ おわりに
 私たち弁護士は、事件を依頼される方の正当な権利行使のために、必要性があって関係機関から情報を収集しようとするのですが、照会される側からすれば、常に、相手方の個人情報の保護、守秘義務の遵守というルールがあり、考え方が対立することも多く、典型的な事案を除けば、情報が得られるかどうか、グレーゾーンの領域が多いのが実情です。
 ただ、法的な請求が正当な権利行使である以上、権利行使の手段は認められなければならないと思います。また、裁判を申し立てた事案で、住所・氏名が特定されないまま裁判上の訴えを受け付け、裁判所を通じて住所を確認するというやり方が認められた例もあるようです。
 ですので、法的な請求を行うことを考えている相手方の住所等の情報がない場合でも、諦めることなく、まずは弁護士にご相談いただければと思います。

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